「二人でライブがしたい!」
音楽から逃げていた中山がそう叫んだのは、伊々坂のライブ終演後すぐの事である。それぞれの思いを胸に言葉を交わし合う二人は、似ているようでどこか違う。
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シンガーソングライターの伊々坂友秋(いいざか・ともあき)と中山大之(なかやま・だいし)による成長劇、『景色と情景(けしきとじょうけい)』。それぞれの道を歩いてきた二人が出会い、共同企画を始めた経緯と、この一年で描いてきた軌跡に迫った。
目次
二人のシンガーソングライターの道が交差した日
伊々坂友秋がシンガーソングライターとして本格的な音楽活動を始めたのは、2021年の秋だった。
「21年の10月からオリジナル曲を作り始めて、色んなお店のオープンマイクへ歌いに行くようになりました。歌う場所が欲しかったし、『シンガーソングライターってどんな人がいるのかな?』と興味があったんです。当時、僕は『Aki』と名乗っていました」
中山大之の存在を知ったのは、活動を始めて一ヶ月が経ったころだ。
「お世話になっていた東中野ALT_SPEAKERという店のマスターが『ぜひ一度、演奏を聴いておくべきアーティストだ』と、中山さんの名前を挙げてくださったんです」
ほどなくして実際に中山と顔を合わせた伊々坂は、その音楽に感銘を受けた。
「すんっごい人いるなぁ、、と。『僕なんかじゃ、お話もできない感じだろうな』と思いました。でも僕が『Blur』というオリジナル曲を歌い終わった後に、だいしくんから『(君の歌を聴いて)久しぶりに曲を作りたくなったよ』と声をかけてくれたんです。嬉しかったですね」
中山大之は、2017年ごろから本格的な音楽活動を始め、大学卒業後に上京。21年10月10日には、東中野ALT_SPEAKERにて人生初のワンマンライブを開催すると同時に、1st Album『Dummer manN』をリリースしていた。
「あきくんと出会ったころの僕は、カメラに興味をもちだしていて、どこか音楽から遠ざかっていたんです。そんななかでも、彼の歌は新鮮に感じて、心を惹かれました」
二人は、Twitter(※編集部注:現X)のアカウントをフォローし合った。伊々坂は中山のライブに興味を持ち、自ら足を運んで感想を伝えていた。しかし伊々坂から中山に「僕のライブに来てください」と誘うことは一度もなかった。
「不思議なやつやなぁ、と思いました。だから僕はずっと、あきくんの演奏を、オープンマイクでしか聴いたことがなかったんですよ」
伊々坂は、その真意を語る。
「当時の僕は、まだ活動歴が浅かったし、『こんな中途半端な状態で、中山さんにライブを聴かせられない』と思っていたんです」
緩やかな交流を続けるうちに、どちらからともなく「いつか一緒に企画ライブをしたいね」と話すようになった二人。しかし、具体的な計画に至る前に、中山は音楽活動を休止してしまった。
「22年ごろの僕は音楽との距離感に悩んで、カメラに熱中していました。22年10月30日に、Oji Music Loungeで『Band One Man Live & 写真展』を開催したまではよかったんですが。そのあと色んなことが重なって、精神的に参ってしまい、『音楽を耳に入れることすら辛い』という状態になりました」
中山が音楽から離れる一方で、伊々坂は自身の活動を活発化させていた。
2023年1月6日、1st single 『Blur』を各種サブスクリプションサービスにて配信開始。同日、名義を『Aki』から『伊々坂友秋』へ変更し、名実ともに新たな一歩を踏み出した。
「シンガーソングライターとして活動を始めて一年経って、なんとなく自信みたいなものがついてきました。関西でツアーをさせてもらったり、路上ライブをやったり、活動の幅が広がったんです。『自分は良い方向に進んでいる』と、確信できていた時期でした」
音楽人生において、対照的な局面にあった伊々坂と中山。しかし、二人の交流が途絶えることはなかった。たまに食事に行ったり、下北沢のスタジオに入ってブルースで遊んだりと、仲を深めてさえいた。
中山は懐かしそうに振り返る。
「当時の僕は他人との交流を徹底的に避けていたのですが、あきくんとは、なんとなく仲良くなりました。自分はどん底の状態だったのに、音楽活動を頑張っている彼の姿を見ると、ちょっと羨ましい気持ちになっていました」
中山が再び音楽と向き合うきっかけになったのは、23年10月15日に東新宿LOVE TKOで行われた、伊々坂の企画ライブだった。
「あきくんに呼ばれたわけではなく、ただ無性に音楽の熱を浴びたくなって、Twitterで偶然見つけたライブに行ったんです。その時のあきくんの演奏を聴いて『自分は、本当は音楽が好きで好きで仕方なかったんだ』と痛感しました。『あきくんとライブがしたい!』と、強く思いました」
終演後、中山から思いをぶつけられた伊々坂は、その申し出を快諾した。
「だいしくんから『(今日のライブ)よかったよ!一緒に企画やりましょうよ!』と声をかけてもらって、すぐ『やりましょう!』と返事をしていました」
時を置かずに、二人は具体的な計画を練り始めた。
「新宿で食事をしながら『どうせなら一回きりのライブじゃなくて、他の誰もやってないようなことをしたいね!』と話しました」
さらに意見を出しあうなかで、互いの感性がよく似ている部分と、驚くほど対極な部分があることに気づいた。
「僕たちは育ってきた環境も、音楽的なバックボーンも違います。それなのに、すごく共感できて、惹かれあうものがある。かと思えば、一般的な感性からズレた人間同士なので、まともに会話が成立しないときもあります。『僕たちの会話自体が面白いコンテンツになるのではないか』と考え、YouTubeにトーク動画をあげることを決めました」
初回の打ち合わせが終わったあとも、LINEや電話で打ち合わせを重ねた。
それほど時間をかけることなく「まだ売れてない二人が成長していく過程を見てもらう」というコンセプトと、「一年後に大きな会場でライブをする」という目標が固まった。
「全然違う活動をしてきたシンガーソングライター同士が、一年間一緒に企画をするっていうこと自体、珍しがってもらえるんじゃないかと思いました」
企画のタイトルは、LINEでやりとりをしながら決めた。
「連想ゲームみたいに、『似ているけど違うもの』を挙げていきました。何個も案を出した中で、『これいいじゃん!』となったのが『景色と情景』でした」
『景色と情景』の幕明け
2023年10月27日、二人が『景色と情景』として行った最初の活動は、吉祥寺での路上ライブだった。
それから二人は毎週末、調布や中野など、都内各地で路上ライブを行った。どれだけ寒かろうと、体調がすぐれなかろうと、試行錯誤しながら、終電までがむしゃらに演奏した。
「コロナ禍で配信ライブが一気に普及して、SNS社会になりました。だからこそ、逆に、路上ライブで人を集めようという話をしていました」と、中山は語る。
「『コロナ禍でのデジタル一色の空気や配信ライブに疲れたから、今は生演奏に触れたい』という気分の人もいるんじゃないかなって」


2023年12月17日には、東新宿LOVE TKOにて、15人限定でのライブ『景色と情景 第一章 ”‘Bout the same” Twoman live』を開催。
最初は思うように予約が入らず、焦る日々が続いた。しかしライブ当日、奇跡が起きた。
「直前の路上ライブで僕たちを知ってくれた二人組が、飛び込みでライブに来てくれたんです。結果として、15人中5人が路上ライブをきっかけに第一章へ来てくれました。『僕たちの努力は無駄じゃなかった。寒くても頑張ってよかったね』と、あきくんと言葉を交わし合いました」
中山が当時の興奮を口にすると、伊々坂もしみじみした。
「焦って焦って、どうにもならないと思ったところで、『あの時の!』って人たちが来てくれたんです。まるでドラマの主人公にでもなった気分でした。少し調子に乗っちゃいましたね」
そんな彼らの第一章は、副題の通り、純粋なツーマンライブとして行われた。中山と伊々坂がそれぞれのステージを披露し、一緒に演奏したのは最後の一曲、二人が共作した『’Bout the same』だけだった。
『’Bout the same』は、ライブの一週間前にYouTubeで配信を行い、視聴者から募集したキーワードをもとに作られた楽曲だ。
「日曜に配信をして、次の水曜にだいしくんの家に集まりました。朝9時半ぐらいから、夜10時すぎまで頑張って、なんとか完成しました」と、伊々坂は語る。
「一番は『景色と情景』をやる前までのだいしくん、二番は僕のことを歌っています。最後は二人の道が重なり合って、一緒に企画を始めて気づいたことを書きました。最終章で歌うことを想定して作った楽曲です」
第一章が終わり、二人の熱量は高まる一方だった。しかし、寒さが厳しい季節となり、思うような頻度で路上ライブができなくなった。代わりに二人は、自宅やスタジオで練習を重ね、YouTubeのコンテンツを充実させていった。
「第一章の時は『外に知ってもらうための活動』が中心でしたが、この時期は、内に籠ってクオリティを上げる方向に向かいました。僕の友人が社長を務める映像制作会社でトーク配信をしたり、第一章で披露した共作曲『’Bout the same』のレコーディングを行ったり。このとき作ったアコースティックバージョンの音源は、いずれCDなどにして発表したいと思っています」
本来は、この音源制作が、彼らの第二章となるはずだった。
「でも12月にライブをやった後、『何もしなければ人が離れて行ってしまう』と考え直して、3月にイベントを行うことに決めました」
同じ時期に、『伊々坂、ピアノを習う』という企画も始めた。
「もともと、だいしくんと音楽談義をしていた時に『ピアノが弾けるようになったら音楽の幅が広がるよ』と言われていたんです。『たしかにピアノいいなぁ』と思っていたところに、『景色と情景のコンテンツの一つとして挑戦企画をやりたいね』という話が持ち上がって、『良い機会だからやってみるか』と。モチベーションを持って臨めるな、と感じたんです」
そうして春が訪れるころ、二人は、最終章の会場を吉祥寺 STAR PINE’S CAFÉに決めた。最終目標を定めた二人は、24年3月2日に、東中野ALT_SPEAKERにて『第二章「共鳴」 Talk&music session』を開催した。
「第二章では、お互いの曲をカバーしたり、トークをしたり、『一緒に何かをやる』って方向性が強まりました。YouTubeに投稿していた動画が好評だったこともあって、がっつりライブを聴かせるというよりは、テレビの音楽番組のような、バラエティ色の強いイベントになりました」
さらに伊々坂は、人前で初めて、ピアノ弾き語りを披露した。
「1月に練習を始めて、すぐ発表の場を用意してもらえたことで、上達が早まったと思います。環境に恵まれましたね。ありがたいです」
すれ違いや焦燥、倦怠感を乗り越えて
「第二章のあと、あきくんとの距離が、ぐっと近づきました。一章の時はまだ、敬語を使わなくなったくらいで、遠い部分があったんですけど」
中山の言葉に、伊々坂も頷く。
「プライベートでも連絡を取り合っていると、片方が落ち込んでいる時はもう片方も落ち込んでいるし、喜んでいる時は喜んでいるといったことが増えました。まるで、映し鏡のように。さらに第三章では、二人でのセッションをメインコンテンツにすることを決めていたので、『鏡の向こうの交差点』というタイトルが生まれました」
彼らの関係値が最も大きく動いたきっかけは、ちょっとしたすれ違いから、伊々坂のモチベーションが落ちたことだ。
「ある出来事について『それじゃ「景色と情景」の最初のコンセプトから外れちゃうじゃん。二人で切磋琢磨して、支え合って、最終章まで走り抜けるっていう軸が、ぶれるじゃないか。もう企画を続ける意味がない』と思ってしまったんです。でも、だいしくんから『言葉じゃ解決できないだろうから、殴り合いしよう』って連絡が来て。普段はそんなことを言う人じゃないから、びっくりしました。実際に代々木公園で会って、結果的に殴り合いには発展しなかったけど、芝生に寝転がって話をしました。星を眺めながら、すれ違っていたこと以外にも『こんなの誰にも言わないよね』っていうようなことまで、話すことができました。今振り返ってみると、全部、必要な過程でした」
わだかまりが解消されたことで、伊々坂は、以前よりも『景色と情景』にのめりこむようになった。
物心ついたころから、他人との人間関係の構築を完全放棄してきた中山も、そんな自分を少し変えることができた。
「僕は昔から人間不信気味で、他人と腹を割って話すことができませんでした。『自分が我慢すればいいや』って思っていたんです。でもあきくんには、ちゃんと『もっとこうしてほしい』と伝えられるようになりました」
企画消滅の危機を乗り越えた二人は、6月2日、御茶ノ水KAKADOにて『第三章「鏡の向こうの交差点」 Twoman live & special session』を開催した。
「第二章では即興で行ったセッションを、きちんと作りこんで行いました。ベース、エレキ、アコギ、それとピアノを使って、色んな組み合わせで、お互いの楽曲を演奏したんです。さらに、新たな共作曲『Scramble in the mirror』を発表しました。サビのメロディだけ事前に決めておいて、他は当日ぶっつけ本番、即興で完成させた楽曲です」
二人とも「いいライブができた」と満足し、第三章を終えることができた。
一方で、ライブの集客は伸び悩んでいた。
「『どうやったらもっと多くの人に聞いてもらえるんだろう』と、色んな案を練りました。第二章の会場だった東中野ALT_SPRAKERさんで、『景色と情景』のオープンマイクを主催するようになったりとか。自分たちの企画をきっかけに『音楽をやってみようかな』と思ってくれた人たちに、楽しんでもらえる空間を作りたかったんです。あとは二人で関西へ行って路上しようか、とか」
寒さが落ち着いた春以降、彼らは、週一回ほどのペースで路上ライブを再開していた。
「四週連続で日曜の中野駅でやったり、どれだけやってもお客さんが止まらない場所があったり。手応えは日によって様々でしたが、『このままやっていて、第四章の集客は大丈夫なんだろうか』という疑問を持つようになっていたのは事実です」
中山が語ると、伊々坂も同意する。
「第三章から第四章にかけてが、一番苦戦しましたね。第一章のころは僕たち自身、何をやっても新鮮で、活動を楽しめていました。でも第四章のころには、それが薄れてきてしまっていました。『どう楽しむか』って部分が難しくなっていたんです」
現状を打破する方法を模索する中で、「マルシェに出演しよう」という案が出た。
「もともと音楽企画をやっているところじゃなくて、ステージすらないような場所を調べて、『演奏させてください』と直談判をしました。新しい人に僕たちのことを知ってもらって、ライブに来てもらおうと、意気込んでいました」

出演が叶ったのは、調布市深大寺のてづくり市と、大田区で行われたマルシェの二か所だった。
出演が決定した段階で、二人は「第四章では全てのステージで一緒に演奏しよう」と方針を立てていた。そのため路上ライブやマルシェでも、二人で演奏することにした。
しかし実際にやってみると、驚くほど反響がなかった。
「かなり悩みましたが、結局、上手くやるとかじゃなくて、僕たちが楽しんでいるエネルギーこそが大事なんじゃないかと。『まずは自分たちが楽しもう』と決めたら、お客さんも楽しんでくれたんです」
そこから二人は、感覚的なもの、精神的なものに目を向けるようになった。
「言葉でも表現しきれない『何か』を大事にしよう、という話になりました」
新たな感覚を掴んだ二人は、8月18日、Oji Music Loungeにて『第四章「写らないもの」 live & etc…』を開催。
「ここでは初めて、全てのステージを二人で行いました。それぞれがギターを弾いたり、ピアノを弾いたり、歌ったりしながら、お互いの楽曲を演奏していったんです」
第四章では、書き下ろしの新曲『感光』を披露した。
「実は第四章は、ライブのタイトルを考える前に、まず『全部で15曲やろう』と決めていました。お互いの曲を6曲ずつやって、共作した『’Bout the same』と『Scramble in the mirror』をやって、最後に新曲をやろうと」
第四章に向けてアーティスト写真を撮る中で、「こんな曲を作りたい」とイメージを固めた。
「これまでの共作曲のようにストーリー性や作り方にこだわるのではなく、『ただ純粋に良い曲を作ろう』と決めたんです。それから二人で歌詞を書いて、井の頭公園でギターを鳴らして、コードを探りました。『’Bout the same』とは逆で、あきくん始まりの曲になっています。楽曲名の『感光』は、『写らないもの』というライブタイトルや、あきくんがカメラを買って、ふたりで撮影談義をするようになったことが影響したかもしれません」
二度とは訪れない「今」を刻む最終章
いよいよ2024年11月30日、吉祥寺 STAR PINE’S CAFEにて、『景色と情景』の最終章が開催される。
「最終章の会場として、幾つかの候補をリストアップしていました。その中で、STAR PINE’S CAFÉさんは、僕たちの雰囲気に合いそうだと思ったんです。吉祥寺は、僕たちが初めて路上ライブを行った土地でもありますしね。3月ごろ、二人で会場の内見に行きました」
伊々坂が記憶を辿ると、中山が付け加える。
「会場を決める前、冬ごろに、二人で毎晩『最終章が大成功しているイメージをしながら水を飲む』っていう儀式をしていたんです。STAR PINE’S CAFÉさんに内見に行った時、『僕がイメージしていたビジョンとすごく似ている』って感じたんですよ」
運命の会場で行われる最終章は、どんな内容のライブになるのだろうか。
中山は「もともとはサポートを入れて、バンド編成で豪華にやる想定でした」と語る。
「でもやっぱり最後は原点にかえるというか、『二人でやりきろう』という話になりました。それぞれのソロステージもやるし、即興セッションもやるし、二人で一緒に演奏するステージもやるし。一年間やってきたものをやる。第一章から第四章までの集大成にして、総決算のようなライブにしたいです」
また伊々坂は最終章について、「バランスが大事だと思っています」と言う。
「『自分たちが楽しむ』っていうのは大前提として、ちゃんと良い演奏もしないといけません。まあ、いざ本番を迎えたら、全然違う方向に意識が行くかもしれませんが」
とはいえ二人とも、最終章がどんな形になるのか、完全には予想できていない。
「もう生き物ですね。でも、きっと、この一年間の僕たちのすべてが出ると思います。葛藤って言葉を使うと簡単になっちゃうけど、迷って、『違うかも』ってなって、それでも歩いてきた僕たちの全てが出るはずです。ぜひ、それを目の当たりにしてください。何か凄いことをやってやろうとかではなく、ただまっすぐライブやるんで、まっすぐ聞いてほしいです」
中山の訴えに、伊々坂も「音楽的なことに詳しくない人でも楽しめるはずだ」と語る。
「上手いとか下手とか分からなくても、賭けてきた時間や気持ちの量は分かると思います。それらは間違いなく僕たちが積み重ねてきたもので、誰がなんと言おうと、勝手に滲み出るはずなので。そういうものが味とか厚みになって、皆さんに伝わるライブになるのは確実です」
ふと、中山は遠い目をした。
「僕たちは二人とも、不器用なんですよ。人間としてのタイプが似ています。社会生活不適合な部分とか、物忘れが多いとか。普通だったら、全然うまくいかないと思います。一年間も二人でやれたのは奇跡です。不可能レベルのことをしてる。理屈を超えて二人でやってきたってことから、何か感じ取ってもらえるんじゃないかな」
伊々坂は語気を強める。
「色物の企画ではなくて、人生なんです。まったくナチュラルにやってる。企画のためにキャラを作ったり、『こういうことをしよう』っていうのはなくて。普通にミュージシャンとして生きてきて、やりたいことを、この企画に詰め込んだんです」
たとえばテレビのバラエティ番組で、『一か月〇万円生活』と銘打った企画に参加したタレントが、日常とはかけ離れた生活風景を見せることがある。
しかし伊々坂と中山は、ごく自然にそれぞれの道を生きる途中で偶然出会い、なんとなく意気投合した結果、しばしの間、ともに歩むことを選んだだけだ。
もしかしたら、その出来事に名前をつける必要なんてなかったのかもしれない。
だが二人は、敢えて『景色と情景』という名前をつけて、この日々を過ごした。

伊々坂は、この一年間を経て、自身の変化を実感している。
「最初の『楽しい』が消えて、冷静に物事が見えてきた時期に、色々と露呈してきたんですよね。ギターや歌、作曲の技量はもちろん、視野の広さ、感覚的なところ、何もかも全然足りてなかった。それは、『景色と情景』をやったからこそ分かったことです。この一年、一回でも成長の機会をものにできなかったら、企画が壊れるという思いが常にありました。今もそうです」
伊々坂が今の演奏や曲作りができるのは、間違いなく『景色と情景』の賜物だ。
「本気でやってきたからこそです。幸せだなと思います」
中山にとっても、この一年は、かけがえのない日々となった。
「人間関係に疲れ切って、心を固く閉ざしていたはずの僕でしたが、あきくんと音楽をしていくなかで、どんどん自分を取り戻していく感覚がありました。今は『僕たちの演奏を通じて誰かが笑顔を取り戻したり、何かに挑戦したいと思ってくれたら最高だ』と考えています」

11月30日をもって『景色と情景』は完結し、二人は、それぞれの道に戻る。
伊々坂は「この一年は、どちらかというと深く『音楽』に入り込んで、色々と吸収した時期です。2025年は、それらを外に出していって、『伊々坂友秋? ああ、知ってるよ』って人を増やしたい。僕よりもっと上のレベルでやってる人たちに、どうやって近づいていくかも考えたいですね」と言う。
中山は「先のことは、まだ分かりません。野菜でも作ろうかな。いや。ほんとに」と笑う。
取材の最後に、二人は声をそろえた。
「最終章は、僕たちにとって二度とないライブです。僕たちを知らない方々でも絶対に楽しんで頂けます。ぜひ、この熱量を浴びにきてください」
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記事としては中途半端な終わり方になってしまうかもしれないが、『景色と情景』の最終章はまだ、この世のどこにも存在していないため、私には今、これ以上のことは書けない。
彼らの物語の結末は11月30日、吉祥寺STAR PINE’S CAFÉにて、皆さま自身で確認してほしい。
文:紅葉
INFORMATION

2024.11.30(Sat) 『景色と情景 最終章 SPECIAL LAST LIVE』
[会場] 吉祥寺 STAR PINE’S CAFÉ(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-20-16 B1)
[時間] open 18:15 / start 19:00
[料金] 前売 ¥4,000(+1drink)/当日 ¥4,500(+1drink)
[予約] こちらのWEBフォームからお問い合わせください
◎『景色と情景』公式ページ
https://linktr.ee/2024.scenery_scene